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男女の愛、親子の愛、弱者への慈愛、自分への自己愛、ペットへの愛、植物への愛、
などなど。愛情がすべての生成発展を支えている大きなファクターあることは疑いようも
ない事実でしょう。愛が創造の神様ならば、憎しみはすべてを破壊する悪魔でしょう。
私たちは日常の生活のなかで、ある人に愛を感じたり場合によっては、それが憎しみに
転化したりした経験をもっています。継続的に愛を注ぎ続ける難しさを、何となく
感じ取っています。ましてや「終わりのない愛」など、人間感情として存在しうるものなのかと
疑問に感じる向きも多いと思います
その昔、インドのお釈迦様は家族や地位を捨てて、すべての人間が幸せになるためには
何が必要かと修行を重ねられて到達されたのが仏教であり、御仏の「終わりのない愛」で
はなかったかと私なりに解釈をしています。
世界では地域紛争が今も絶えません。人間の歴史はすなわち戦争の歴史であるといった
人もいますが、現実の状況はまさにその通りで、今後もその状態は続いていくことでしょう。
戦争は憎しみの連鎖ですから、破壊をし尽くすことで収斂へと向います。それは単に
物理的な破壊だけではなく、人のこころの破壊も含んでいます。
破壊をしなければ新たな建設もできないとうそぶく政治家もいましたが、それは人の
由来に対して何の見識ももちあわせていない事の裏返しで、人間としてはかなり
グレードの低い部類でしょう。
歴史を見ても愛が戦争を回避し憎しみの連鎖をうまなかった事例はたくさんあります。
ガンジーの非暴力革命もそうですが、小さな愛ではなく必ず大きな愛がそこには介在して
いたことも共通項のひとつです。
私たち平凡な人間にはとてもそこまでやれる力はありませんが、「終わりなき大きな愛」を
探すために旅に出るくらいの事は充分可能です。
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