●無限ドットコムは、限りある命に託された「終わらないものとは」の特集です。

 

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ジャン=ジャック・ルソーではありませんが、契約と言う概念が人間社会を大きく変貌させた
ことは誰しも共感されることだと思います。
その「社会契約論」というのを読んだことはありませんが、概略の紹介では以下のように
書かれています。

社会契約は哲学、政治学、また社会学で使われる表現であり、ある国家内でその国家と
その市民の権利と責任に対する仮定・空想上の契約をいう。またはより一般的に、
ある団体とその構成員の間での似たような契約・協定をいう。(国家など)ある社会内の
全ての構成員はその社会内に存在するという各々の個人の決定により、その社会と
構成員の間で結ばれた社会契約の条件に同意したとみなす。それにより、政治的権力の
正当化が計られる。社会契約という概念は、日本国憲法を含めて、近代憲法の理論的な
基礎になっていると言われている。

日本は、政教分離を憲法で明言し、国家運営の基盤として特定の宗教を慮ることはないと
宣言しています。この政教分離は、その昔織田信長が志向した政治形態でもありましたが、
戦後日本の憲法は、それまでの過度な反省も交えさせられて政教分離の道を歩み始めた
経緯もあります。

私たち人間は、後天的な教育とか回りの環境によって、その人間性が変化させられて
しまうものであることは、日常を通じて感じています。「永山則男事件」などもそのような
解釈が裁判をとおして論議されていました。

契約社会というと何かかたぐるしいイメージですが、私たちはこの現世に生まれてくる際に
終わりのない契約を結んだうえで送り出されて来たのではないでしょうか。
その契約の主体は、親と子、人と人ではなく、人と御仏のような気がします。

時代や文化の違いによって社会上の契約は変化していきますが、人と御仏が交わした
終わりなき契約は、いつまでたっても普遍です。この契約の中身をかみ締めながら
人間界の一員としてその任務を遂行できれば、最高の人生ではないでしょうか。

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