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人の平均寿命は延び続けて、細胞学的には120歳まで生きる可能性があるそうです。
誰も自分の寿命は予測することはできませんので、平均が80歳だとすると、その近くまでは
生きるのかなと思ってしまうものです。
私たちは、さまざまな動植物や環境に囲まれて暮らしていますが、人間と言う群れで
生きる動物の常として、同じ人との相対的な評価や位置関係に高いアンテナをはる
傾向があります。それは「カメは自分の甲羅の大きさに穴をほる」例えで、自分の枠は
どの程度なのかを意識しながら行動を起こしたり判断を下したりします。
永遠という時間軸では行動をおこすだけの未来観を、もちあわせていないのでしょう。
どうしても「これでエンドだ。これで一応完了だ」と最後の状況を描きながら、取り掛かり
始めることが多いようです。これは実務的には理にかなった手法ですが、ライフワークの
ような「終わりのない仕事」にはきわめて不向きで、どのような結末を迎えるか想定できない
未来観をもっていることが必要です。
「終わりのない仕事」に遭遇できるかどうかは、なぜ自分はこの世に生を受けたのかを
知るうえで最もわかりやすい答えを出してくれる岐路になります。ただ漫然と生きている
だけでは詰まらない、何か自分でもできることはないだろうかと思い始めた瞬間から
御仏の導きが始まります。それまではただじっと見ておられるだけです。
この導きが始まりますと、自分でも思いがけなかった方向に体とこころが進んでいくことに
なります。こんな事ができるとは想像もしなかった事が現実となります。
その時に人は、「同行二人」、決してこの世に一人ではないことを痛感させられます。
そこから心強さが生まれてきて、ある意味自信もわいてきて、方向さえ間違わなければ
未来につながる道にたどり着けるという確信をもつのです。この確信こそが御仏そのもの
であり、前世、現世、来世を一本の糸でつないでいるものなのです。
「終わりのない仕事」とは、御仏に代わりそのこころを体現するために授けられた
生涯無二の宝物でもあります。どんな勲章よりもどんな他人からの評価よりも
最も価値のあるものです。
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