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毎週日曜日午前6時すぎからNHKBSで「素敵にガーデニング」という番組があります。
その中で実際に家庭におじゃましてガーデニングの苦労話などをインタビューする
コーナーがあります。最後に「あなたにとってガーデニングとは?」と聞かれて、さまざま
答えが返ってきますが、ある時におもしろい答えが返ってきました。それは、
「私にとってガーデニングとは、終わりのない遊びです」と。
それを聞いていて、その人のこころや人柄が、一瞬にしてわかったような気がしました。
私たちは、生を受けた時から、限りある時間のなかで何をなすべきかという宿命を負わ
されています。日常の生活では、よほど高齢にならない限り、そのように意識して暮らして
いるわけではありませんが、折にふれて「このままの生活でいいのかなあ」と考えてしまう
意識の下には、時間は限りあることをDNAの中に叩き込まれていることの裏返しでも
あります。
「終わりがない」という意識は、「きりがない」という他動詞的なものではなく、きわめて
自動詞的な意味合いをもっています。肉体的には死後は行動を続けることはできないが、
魂は死後も永遠に想いを抱き続けるというイメージでしょうか。
自分が主体でありながら、自分が生かされている大きな枠の流転の中に自然に身をおく
ような心境ではないでしょうか。私たちは生きていくなかで、その場限りで対処していく
ものとライフワークのように楽しみが少しも色あせない何かを潜在的に追い求めています。
この終わりのない、作業といいますか仕事というものは、恐らく生命を司っている御仏から
与えられたプレゼントのようなもので、楽しいこともあれば苦しいこともあり、現世での
自分を表現する大きな桧舞台ではないでしょうか。
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